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会報「わが町三原」令和3年8月号

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 [ 左側写真は三原港コンコースの七夕飾り,右側写真はポポロ芝生広場の短冊飾り ]

 海の玄関口 三原港のコンコースに鮮やかな七夕飾りがお目見えした。短冊には「ゴルフで90が切れますように」という願いもあったが「コロナが終息したら旅行に行きたい」とか「遠くの孫に会いたい」といったコロナ関連が多く吊されていた。
 一方、三原市芸術文化センター ポポロでは、今年初めて芝生広場の立ち木を利用した短冊飾りが登場し、「ピアノのコンクールで金賞が取れますように」といった文化センターならではの願いが見られた。

   2021.7.07 撮影  鈴木健次(宮浦)

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< 表 紙 >

表題:七夕の短冊に願いを込めて

写真:三原港コンコースの七夕飾り,ポポロ芝生広場の短冊飾り


< 目 次 >

『誉』 発動機   糸崎 大谷 和弘

令和3年度総会
  (書面決議方式)報告
                事務局

足利義昭は三原へ来たか?(2)
           糸崎 大谷 和弘

日本の牛と馬、交通の歴史(14)
          中之町 三好 邦範

三原市のカワウ対策 第2報(前期) (4)
        幸崎能地 行長 啓三

会よりの便り         事務局




< 行 事 予 定 >


1.勉強会 「三原浅野氏を学ぶ」(31)

(1)日時・場所:※都合により、
  日程と会場変更
  令和3年8月28日(土)
      港町福岡文庫
  10:00〜12:00 
 
  マスク着用にご協力願います。

2.行事予告…
  以下の行事が予定されていますが、いずれも今後の新型コロナウイルス感染の状況次第で実施可否が決定されますので、追って詳細内容お知らせします。

(ア)
 11月03日(祝) レキカン秋のバス研修旅行
 鬼ノ城(岡山県)・岡山城方面

(イ)
 11月18日(木) 県史協「下蒲刈大会」…当初の1泊案から当日だけに変更。
 呉市下蒲刈町 弘願寺がメイン会場で、総会と講演会、午後臨地研修。

(ウ)
 11月21日(日) 市郷連現地研修 本郷大会(沼田文化研究会主管)
 午前中 講演会。 午後 東禅寺、蟇沼神社、弁海神社見学



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< 歳 時 記 >

  『誉』発動機

          糸崎 大谷 和弘 

 過日、中国新聞紙上で「旧第11海軍航空廠構内で単発戦闘機紫電改、双発攻撃機銀河に搭載された『誉』発動機の残骸が発見され、大和ミュージアムで公開される予定」と報道された。
暫くして中国新聞論説委員が旧中島航空機開発の『誉』エンジンは高性能の優秀なエンジンであったが、熟練工不足、熾烈な空襲、悪質燃料のため充分性能が発揮されず「悲劇のエンジン」であったと書かれていた。
   
 太平洋戦争勃発から3年、昭和19(1944)年春になると戦いも熾烈をきわめ、学校は全面的に閉鎖され、兵役年齢に達した者は少年兵に志願し、残った者は全員軍需工場で働いた。我々は呉の第11海軍航空廠発動機部に派遣された。

 食料、物資の欠乏する中、昼夜二交代の過酷な作業であった。発動機の気筒冠を造っていることは分かっていたが、軍の機密で発動機の型式、搭載機の名も知らされずの作業であった。何ヶ月か経ったある日、工場長が「口外することは禁止するが諸君が造っているのは優秀な『誉』発動機で銀河に搭載されている。勝利のために一緒に頑張ろう」と檄を飛ばされた。我々はその信頼に答えようと懸命に働いた。

 軍に召集された熟練工の補充のために動員された作業員の構成も、軍機密のため判然としなかったが、正規工員の他、一般市民からの徴用工、当時朝鮮は日本領であったための朝鮮人の徴用工、女子挺身隊、我々中学生、女学生、最後は小学校(当時は国民学校)の高等科の生徒も動員されていた。

 当時朝鮮人は創氏改名により日本名を名乗っており、胸の名札も我々と同じで区別が付かず協力して働いた。

 何分素人の集団である。不良品も随分出たであろうが、精神力でカバーし必死で頑張った。敗戦が近くなると連日の空襲で作業も頓挫した。「悲劇のエンジン」といわれたのも納得できる。
戦争・動員の善悪は別として、私にとってはこの『誉』発動機を造った1年間は強烈な思い出として残っている。



.【会員募集】
興味のある方 是非ご連絡下さい。
  只今 会員募集中!
 ご連絡をお待ちしております。
  「みはら歴史と観光の会」
■電話: 080-6335-9932
事務局;三原宮浦 鈴木(スズキ)迄








 学生時代にこのような思い出が残るような時代が二度とこない事を願ってやまない。


< 活 動 報 告 >

6月20日
 京覧ゴルフカントリー入口
  植え込み部手入れ
 (瀬畑、小森、津島、近藤)

6月25日
 月報発送作業
 (小川、桑田、小森、近藤、瀬畑、
 高如津島、西村、松竹他)

6月26日
 勉強会「三原浅野氏を学ぶ」(30)  …中止

7月05日
 7月度理事会
(30周年記念誌他の検討)

7月18日
 桜山定例手入れ日(高如⇔詭據


< 編 集 後 記 >

★三原駅の北方に見える桜山の頂部は、V字状舟底を逆さにした形なので、見る方向によって富士山に例える人もいるが、三原城天主台跡から見える姿は三角おむすびで親しみ深い

★日本城郭史学会代表の西ヶ谷恭弘氏は、15年前レキカン総会の記念講演会当日の午前中、桜山を視察され、北側の曲輪にある二段積の石垣は、小早川隆景公が朝鮮出兵時の技術で築いた石垣の可能性ありと講演された。氏は、現地の発掘調査で確認して欲しいとも力説された

★その桜山の南面を桜の名勝にしたいとNPO法人桜山会が毎年賛同者を募って桜の苗木を植え、熱心に手入れされているが、数年前からその苗木が何者かに折られる事態となり対応に苦慮されている。筆者も4回折られた悲しい思いをしている。7月の定例手入れ日でもレキカン会員2名の苗木が被害に遭っていることが判った

★三原を愛する人の努力を踏みにじる行為は、やめて欲しいものである。(健)



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