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会報「わが町三原」平成31年3月号

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  [ 小学生の新商品売り場体験 ]


 今年の神明市は三日間とも穏やかな気候に恵まれ、大勢の人出で賑わった。東町〜館町〜本町は、なかなか前に進めない程混雑していたが、そこを避けたような隆景広場東端にテントが張られ、二日目には、近くに西野梅林のある小学校の児童が市内のケーキ屋や飲料水屋と共同で開発した梅素材の新商品で売り場体験をしており注目を浴びていた。


  2019.02.09 撮影  鈴木健次(宮浦)

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< 表 紙 >

表題:
 神明市、地元商店も燃えた!

写真:
 小学生の新商品売り場体験

< 目 次 >

西日本豪雨を伝える
      東町 林 淳一郎

「小早川家当主(隆治氏)三原を語る」(2)       事務局

春のハイキングご案内
    沼田東町 西村 雅幸

古の道 幸崎軍用道路
     幸崎町 行長 啓三

会よりの便り     事務局

< 行 事 予 定 >

1.勉強会…
  三原浅野氏を学ぶ(11)

 日時・開催場所:
 平成31年03月30日(土)
  10時〜12時  港町福岡文庫

2.春のハイキング参加者募集!
 … 日程が予告時とは変更になりました。

(1)日程:
 平成31年04月14日(日)
 9時45分〜14時頃(小雨決行)
(2)方面:
 和田・貝野を中心とする方面
(詳細は本文に記載)
(3)集合場所:
 三原市中央公民館西口
(南小学校側)
(4)参加費:500円(当日徴収)
(5)申し込み:
 事務局宛、会員は氏名のみ、会員外の人は住所・電話番号も付記の上、葉書又はFAXにて4月7日(日)迄に申し込み願います。
(6)服装:
 石段も歩ける履き物とします。杖と雨具は適宜。
(7)昼食:
 弁当・飲み物は各自持参願います。

3.レキカン総会の予告…
  (参加募集は5月号にて)

(1)日程:
  平成31年06月08日(土)
  13時30分〜16時30分
(2)会場:検討中
(3) 13時30分〜15時40分
  記念講演会
 (市郷連行事の一環とします)
演題…「小早川隆景と乃美宗勝」
講師…広島県立大学名誉教授
   秋山 伸隆 様
(4) 15時50分〜16時30分
  レキカン総会
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*蔵書と寄贈文献のご紹介*

  寄贈ありがとうございました。
      (港町福岡文庫保管)

A.
(1)三原城研究会 会報 第1号
 「三原城」
(2)歴史民俗資料館
 歴史講座「みはらの歴史」
 1〜7テキスト

歴史民俗資料館
専門委員 福井万千氏 寄贈

B.
 神明市
 東町四丁目の當屋記録デジカメデータ…
嘉永6(1853)年〜明治29(1896)年版

定森總治さん(茅ヶ崎市)寄贈


  < 歳 時 記 >

古(いにしえ)の道
        幸崎軍用道路

     幸崎町 行長 啓三

 幸崎町相川の山裾に, 谷底の現在の道より100m程登った位置に,今は使われることなく荒れ果てた幅4m程の道路が残っている。地域の古老はこれを軍用道路と呼び, 旧陸軍が造った道だという。

 この軍用道路は, 竹原市忠海から三原市幸崎渡瀬―幸崎相川―幸崎行乗湯越峠―沼田東末光を通り三原市内へと続く道である。

 「忠海案内」第1章忠海の沿革 5明治・大正・昭和時代に次のように記載されている。

明治32年11月
    芸豫重砲兵設立
明治33年 3月
    冠崎砲台築城
明治33年 6月35日
    芸豫要塞司令部設置
明治34年 1月
    大久野島砲台築城

 このことから, この軍用道路は, 明治に忠海に設置された旧陸軍芸豫要塞に関連したものであろう推測される。この芸豫要塞については, 幸崎久津の国道175号線の三原市と竹原市の境, 久津峠を挟み久津城跡と対峙する二窓の山中に「陸軍省所轄地」なる石柱を数箇所確認したことも今回の調査を行う動機となったのである。

 芸豫要塞については, 大三島の郷土史家・松岡進氏著書「瀬戸内海水軍史」の中で,次のように記述されている。
【東町の賑わい】





 「明治15年欧州旅行中の参議伊藤博文に対して,陸相大山巌は, バルチック艦隊戦法に対する築城の英才捜しを依頼する。その求めに応じて来日したオランダ工兵大尉ヴァン・スケルンベークは, 日本各地海岸踏査の結果, 明治18年「日本国南部海岸防御復命書」を提出した。これにより瀬戸内海中部の「芸豫要塞」(大久野島・小島)建設の基礎計画ができた。明治28年2月, 威海衛の海戦で, 砲台の重要性を痛切に知った大本営は, 芸豫要塞の建設に着手したが, このバルチック艦隊戦法に対する要塞に用いた赤煉瓦はドイツのハンブルグ製であった。芸豫要塞司令部は広島県忠海に置かれたが, その司令部遺稿の建築物も, 大久野島と小島のヴァイキング式要塞赤煉瓦も, ともに当時の姿と色彩を鮮烈にのこしているのである。」

 芸豫要塞司令部は現在のアトム株式会社の建物である。

参考[三呉線開通のあゆみ]
 1903年(明治36年)海田市〜呉
 1931年(昭和6年3月)三原〜須波
 1932年(昭和7年)三原〜安芸幸崎
 1933年(昭和8年)三原〜竹原
 1934年(昭和9年)三原〜安浦
 1935年(昭和10年)三原〜呉
 呉線全通により、軍用道路としての主役を終える。


< 活 動 報 告 >

01月25日
 月報発送作業
 (瀬畑、正田哲、村田、金森、
  桑田、西村、水野、小川、
  津島、松竹、森明他)

02月04日
  2月度理事会
 (春のハイキング他)


< 編 集 後 記 >

★日本一の大だるまで代表される我が三原の神明市、家族連れの楽しみで比重が高いのは、露天の店めぐりであろう

★豆絞りの鉢巻きが特徴の三原だるま製作が継承されていることや、地元町内会が力を合わせて出店している姿には敬意を払いたい

★それに加え三原の酒造会社、パン屋、ケーキ屋、和菓子屋、飲料水屋さん等が一部に小学生のアイディア参加も含めて、神明市限定の商品で例年以上に盛り上げていたことにも明るい未来を感じた。
(健)
この情報は、「みはら歴史と観光の会」により登録されました
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