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会報「わが町三原」平成30年7月号

〔 「山名騒動」との演題で
 講演された時の故福岡幸司相談役 〕

 講演「山名騒動」〜600年前の大目木〜 は、故人が原本における変体仮名や旧かなづかい の解読に苦労した話にはじまり、山名騒動やその舞台と故人が想定する大目木峠東西に残る石垣(氏は館跡と想定)にまでおよんでいた。


   2012.6.09 撮影  鈴木健次(宮浦)

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< 表 紙 >

表題:福岡相談役逝く

写真:「山名騒動」との演題で講演された時の故福岡幸司相談役


< 目 次 >

怪物福岡翁の大往生
          宮浦 鈴木 健次

福岡相談役に送る言葉
 宮沖      宮原 幸司
 糸崎      大谷 和弘
 須波ハイツ  正田 公佑
 城町      山本 公恵

「福岡さん特別展」のお知らせ
                事務局

会よりの便り        事務局


< 行 事 予 定 >


1.勉強会
 三原浅野氏を知る (4)

(1)時:H30年7月21日(土)
          10時〜12時 
 場所:港町福岡文庫


2.郷土写真展 
 「三原の辻堂めぐり」

 展示会場を大和町に移して継続

(1)時:H30年7月10日(火)
         〜8月31日(金) 
 場所:大和町大草公民館


3.行事予告
 
 追って参加者を募集します
 
(1)県史協 竹原大会

 時 :H30年10月20日(土)
 場所:竹原市「大広苑」

 9:30〜 総会と記念講演
「瀬戸の海に輝いた塩の町たけはら」
 13:00〜 臨地研修
「たけはら街並み保存地区」


(2)レキカン秋の研修旅行

 時:H30年11月03日(祭)
          月山富田城方面 
    
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(3)市郷連 現地研修会 
 主管団体 : 八幡歴史探訪会

 H30年11月04日(日)
 を基準に日程調整中

 H29年度に作成した八幡の史跡・伝統文化・名勝等を記録したDVDの鑑賞と現地研修会になるもよう。
 

< 歳 時 記 >

 怪物福岡翁の大往生
         宮浦 鈴木 健次

 胡通り福岡邸の事務室で、八十八歳の福岡幸司氏は、「わしは、米寿祝に三原一周膝栗毛のコースを、7日連続で歩いて完歩する」と宣言された。

 元々このコースは、7日連続で歩くことを想定して福岡翁が入念な下調べの上設定されたもので、初期の数年間は、その通り実施されたという。

 しかし、私が事務局に入った頃には土日祝日を利用して7日を選び、これを1ケ月程掛ける日程になり、更に近年は全体を前半と後半の2つに分け、2ケ年掛けて完歩するように歩く負担が軽減されてきた。

 1日に山坂を含むんだ12km位を歩く過酷なコース故である。

 だから、米寿の人が連日歩くなんぞは到底無理で、恐らく2日目〜3日目にはギブアップされるだろうと失礼ながら思っていた。ところが、ところがである。ギブアップどころか、最終日の7日目の晩には、パソコンに向かって完歩の記録作りに取り掛っておられたのである。

 何たる体力、何たる精神力。まさに怪物である。

 レキカンの機関誌「わが町三原」は、福岡翁のワープロ原稿で始まった。故伊野木前事務局長の時、ワープロ原稿とパソコン原稿が混在していたが、古い会員の中には、ワープロの文字の方を好む人もあった。そのワープロの部品が故障し、修理不能になったとして、パソコンを購入された。

 米寿の少し前だったと思う。慣れないマウスの扱いをはじめ、ワープロとの違いは大きいが、いつの間にかマスターされ、「わが町三原」だけでなく、ご自身の執筆集「三原文庫」の原稿作りも、休みなく継続され、脊髄損傷で入院の際も、ベットにパソコンを持ち込んでおられた。

 運悪く脳梗塞で右手が不自由になりパソコンを断念されたが、さぞかしもどかしい思いをなさったことであろう。

 2018年5月25日、「わが町三原」6月号を病室に届けた時、「元気か?」と声を掛けていただいた。
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  口も不自由になっておられたが、雰囲気で判った。「元気盛り盛りです」とジェスチャーで答え、いつものように左手で握手して笑顔で別れた。
 それから僅か1週間後の6月1日に大往生。享年96歳。

 怪物の偉業は、港町福岡文庫を満杯にしている。


< 活 動 報 告 >

5月25日
 月報発送作業
(瀬畑、正田哲、村田、金森、
桑田、大原、西村、松竹他)

5月26日
 三原浅野氏を知る (2)
           …14名参加

5月27日
 桜山月例整備日

6月02日
 福岡相談役通夜
6月03日
 同葬儀

6月05日
 NPOうきしろ桜山会総会
   …レキカンから7名参加

6月12日
 小早川隆景公法要(於 米山寺) 
     …レキカンから6名参加

6月17日
 市重文
 鐘撞堂の敷地内草刈整備
(瀬畑、正田哲、岡田、土居、
         高如⇔詭據


< 編 集 後 記 >

★先月号のこの欄に記載した鐘撞堂敷地内の草刈整備をした。
「いつ実施するのか?」と声掛けしてくれる会員があったのが引き金となり、有志6人の男女で半日奉仕した

★妙正寺の山門手前50m位の坂道から左手を見上げても、背の高い雑草で何も見えなかったが、垣根の隙間から鐘撞堂が見えるようになった

★鐘撞堂は遠目ではカラフルで立派な文化財の風格があるが、近づくと壁土類の剥離が散見され、床を歩くと板がフワフワで抜けそうな位に傷みが激しい。保存維持の難しさを物語っている

★福岡翁の高山城跡登山道づくりは、地元有志の助けも借りて、休日利用の作業は3〜4年掛かったという。今回の僅か半日の作業とは比較にならない程、強い開拓の精神で取り組まれたのだろうと、改めて翁の偉大さを実感し、敬意を表したい。

               (健)
この情報は、「みはら歴史と観光の会」により登録されました
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