みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原2月号」

法常寺境内の小祠
以前は、下写真の小早川隆景の木造が御神体として祀られていた

小早川隆景の木造
 H17.2撮影 鈴木健次(宮浦)
   像高8cm、膝張り7cm
冠をかぶり、袍をつけ袴をはく。服装は、中納言の正装という。ヒノキ材の一木造りで、江戸時代中期以降の製作
P1表 紙…表題: 法常寺拝観行事予告
写真:法常寺の小祠と隆景の木造
2目次 / 鬼 の 豆西町上田茂3〜5浄瑠璃本「みはら物語(2)本町 福岡 幸司
6〜7法常寺を拝観して長谷川上哲司
8〜9角屋と上月氏 (6)西町上田 茂  糸崎 大谷 和弘
10〜11 三原英学史考 (2)須波ハイツ田邊 達雄
12会よりの便り  
2月の行事
03日(木)節分祭 三原八幡宮・賀羅加波神社・御調八幡宮瀧宮神社ほか
06日(日)糸碕神社 節分豆まき
11日(金)〜13(日) 神明市11日(金) 亀山八幡宮(鷺浦町)  御弓神事
19日(土) 久井稲生神社  御福開祭、はだか祭
〜H23.2.27 桜山紹介展開催中会場 サン・シープラザ4F
鬼 の 豆 西町 上田 茂
二月三日の節分の日、JR三原駅を中心とした旧市街地において、子ども達が各家庭の玄関先で一斉に「鬼の豆つーかーしゃあ」と言っては、その家の玄関先に用意されている大豆を小升や猪口から一杯ずつもらい、お礼を言いつつ、豆をこぼさないように大事に袋に入れて持ち帰っていた。しかし、予想に反して何も出してくれぬ家に対しては「くーれんものケチンボー」と悪態を吐いては次の家に向かっていた。今では袋つめのスナック菓子が主流になっている。近頃は商家を回ることが多いようであるが、昔は民家も商家も関係なく軒並み回っていた。
このような風習は近隣の市町にはなく、いつ頃から行われるようになったのか、はっきりした文献も見出せないままに至っている。鬼の豆当日は、子供は神の子の使いで、福が舞い込んできたものと見なされていた。もう一方では三原は寺や大師堂が多く、托鉢やお接待と相通じるものがあり、お客さんを大切にもてなす接客の心根として扱われてきたため、各家庭においても神・仏を崇拝するような機運が醸成され、三原独自の風習として、受け継がれてきたように考えられる。
現代社会は、個人の生活を優先するあまり隣近所との付き合いが希薄となり、児童虐待や孤独死等の暗い世相が伝えられる中ではあるが、鬼の豆に関わるおもてなしの精神を発揮しあって、潤いのある地域社会の再生を願うものである。
 行事案内
1.「宝の山 桜山紹介展」 「三原浮城ライオンズクラブ」と「三原山の会」が協賛
(1)期間H22.12.19(日)〜H23.2.27(日) 於 サン・シープラザ 4F(2) 展示内容 桜山1/1000模型、史跡写真、桜山の歴史と文化財的価値、観光面からの活用法、三原城や備中三原との関係等
2.予 告!!
平成23年 総会記念講演会
(1)日時 H23.5.08(日) 13:30〜  (会場はおって連絡)
(2)講師 実証歴史作家  森本繁先生 演題 「小早川隆景と村上水軍」  〜 もし小早川隆景が生きていたら 〜
★編集後記 サン・シープラザ4Fで開催中の「宝の山 桜山の紹介展」が好評である。桜山の歴史・山城特有の遺跡や岡山県井原市の三原小学校と実施されていた交流会、更に、三原浮城ライオンズクラブや三原山の会の最近の桜山への取り組みなども紹介。初めて知って感動したといった感想が多数寄せられている★今ちまたで評判の「三原やっさ検定」の公式ガイドブック「三原雑学王」を、レキカン蔵書として購入した。歴史や名物、著名人、土産、タコ・うどん・パン屋など幅広く解説されている★これらの催しが、三原の再発見と知名度の大幅な向上に繋がって欲しい。(健)

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