みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成30年5月号

  〔お花見弁当を食べた
           子供広場は桜が満開〕

 緩やかながら長い坂道のため、参加者の多くが杖をついて登った今年のハイキングでしたが、快晴に恵まれ、満開の桜が迎えてくれたので、皆さん疲れも和らぎ美味しいお花見弁当を食べることができました。神社よし、史跡よし、風景よしで、地元有志の手入れが行き届いた宗郷谷には、よい印象だけが残りました。


     2018.4.01 撮影 鈴木健次(宮浦)  

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< 表 紙 >

表題:満開の桜並木でハイキング

写真:お花見弁当を食べた
       子供広場は桜が満開


< 目 次 >

湧原川の思い出
         幸崎町  行長 啓三

春の研修ハイキング感想文
(その1)

西村雅幸(沼田東町)、桧山幸三(皆実)、 別所朝己(青葉台)、土居八重子(中之町)

江戸時代後期の花鳥画における ‘鳥’ (2)
         中之町  三好 邦範

会よりの便り       事務局 


< 行 事 予 定 >

1.勉強会  三原浅野氏を知る (2)
(1)時:H30年5月26日(土)
           10時〜12時 
 場所:港町福岡文庫

2.定期総会・記念講演会
  「三原浅野氏について」
        参加者募集!!

(1)時:H30年5月06日(日)
 場所:市民福祉会館
(2)スケジュール
 (a)13:30〜15:30講演会
 (b)15:45〜16:25総会…無料
 (c)16:45〜懇親会(会員のみ)
  懇親会の参加費 1,500円
         (当日徴収)
(3)講演内容 
 4月号に同封済みのチラシをご覧ください。
(4)申し込み要領
 5月02日(水)締め切り。
 会員は氏名のみでOK、会員外は氏名、住所、電話番号添えて事務局(Eメール(kechigo@dream.jp))まで。
 懇親会の当日取り消しは、キャンセル料を徴収します。

3.郷土写真展
 「三原の辻堂めぐり」
(1)時:H30年5月07日(月)
      〜7月01日(日)
 於 サン・シープラザ 4F展示場
 約130枚の辻堂写真を
           解説付で展示

4.市郷連総会
       …代議員が出席
(1)日時:H30年5月13日(日)
       13:00〜
  於 三原市中央公民館 




【中之町小学校前の川岸より上流を望む(昭和35年前後撮影)】
■写真を「クリック」すると拡大して見えます。(写真上)


< 歳 時 記 >

 湧原川(和久原川)の思い出

        幸崎町  行長 啓三

 平成29年4月号に掲載された、中之町寺迫氏の「和久原川」を拝読し、小生(昭和29年生まれ)の湧原川(和久原川)との思い出や雑感を語らせていただく。

 2枚の写真は、私の父(平成10年没)が湧原川に遊ぶ子どもを写したものである。

 左の写真は、昭和35年前後で、寺迫氏の記述による昭和22年〜23年の河川工事後の様相で、場所は中之町小学校前の川岸から上流を写したものである。

 小学校2年生まで、賀羅加波神社前の平屋の市営住宅で育った私は、すぐ横の川で、石で囲った基地を作ったり、堰の深みで泳いだり、ポッカン・カッポンと呼ばれていたイタドリを食べたりしていたのを思い出す。

 右の写真は、昭和37年、神明大橋から清水橋、瀧宮神社方向に向けて、神明大橋下の堰付近で川遊びをする私を写したものである。

 小学校3年生から東町に住むようになると、神明大橋の周辺は、同級生との絶好の川遊びの場所であった。

 後に知った「刎」の対岸の砂溜りでは、砂でダムを造り当時流行の2B弾で爆破してみたり、「どんくう」と呼んでいたハゼの
一種を捕まえたりしたものである。

 水量豊富な湧原川が、新幹線のトンネル工事(昭和50年岡山〜博多間開業)でその水量を失い、現在のような干川になったのは非常に残念である。

 最近5人目の孫が生まれ、この子らの将来、築城450年から次の500年に向けて、昔の工事で失われた水脈の復活、写真に見られる神明大橋土手沿いの柳並木の風情の復元や人が憩える川べりの親水公園の整備を通じて、

 また、今回整備された城跡から桜山、東西両町を含めた歴史エリア、ハイキングコースの整備等により、孫の代に向けた古き良き自然と歴史文化を伝え残すことのできる三原市であってほしいと願っている。






【大橋から瀧宮神社方面に向けて堰付近で川遊びをする私を写したもの(昭和37年撮影)】
■写真を「クリック」すると拡大して見えます。(写真上)







< 活 動 報 告 >


3月24日 古文書に学ぶ隆景公(3)
            …14名参加

3月25日 桜山月例整備日

3月27日 月報発送作業
(瀬畑、正田哲、村田、金森、
桑田、大原、水野、西村、松竹他)

4月01日 春のハイキング
  宗郷谷方面    …28名参加

4月08日
  NPO法人桜山会 花見会

4月10日、13日、18日
 レキカンの歌テープ録音準備
 (正田伯、近藤、金光、津島、
吉池、瀬畑他) 

4月19日 県史協 理事会
 (於 呉市広市民センター
        上田会長、鈴木)


< 編 集 後 記 >

★今年のハイキングは、宗郷谷方面であった。
 沼田川を挟んで北側に住む私にとって、南側の地域は何か別世界のように感じていた

★しかし、宗郷宇佐八幡神社で、展望台のように高い境内から三原城跡方面を見下ろした時、自分の感覚の間違いを思い知らされた。
 隆景公が三原城を築いた頃には、宗郷側も港町側も海の中で今の様な障害物がないから、相互にあまり遠くには感じられなかったであろう。
 源平合戦に敗れた平氏の一群が、須波側の葉田の山と木原北
方の後山に分かれて逃れたのも初めて頷けた

★それにつけても、葉田の山頂にある正時神社を里に分霊するにあたり、今の宗郷宇佐八幡神社の高台を選んだのは、見事な選択だったと感心した

★宗郷や田野浦には郷土史に詳しい古老達が、数種類の冊子にまとめておられる。
 その姿勢には学ぶべき点が多い
               (健)


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