みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成28年11月号

 〔 三原城天主台跡の堀を清掃する
              「かいぼり隊」 〕


 瀬戸内三原 築城450年事業の一環として、「かいぼり隊」と称する三原城天主台跡の堀底に溜まったゴミの清掃ボランティアを三原市が募集したところ、約320名もの参加があったという。
 中でも、小雨にも拘わらず、小学生が親子連れで大勢参加していたことは、今後、築城500年記念事業等を見通した場合、喜ばしい現象であった。
 下端から石垣を見上げてみた。
 頂部の反り返り部分が全身に迫ってきて、よじ登って侵入を企てる敵には、驚異を与えるであろうことを体感できた。

  H28.10.01 撮影  鈴木健次(宮浦)

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< 表 紙 >



表題:三原城天主台跡の堀ざらえ

写真:三原城天主台跡の堀を清掃
    する「かいぼり隊」他



< 目 次 >


三原市制施行80年を迎えて
      須波ハイツ 正田 公佑


市郷連講演記録 橋本先生「三原城下町 東町について」(完結編)
                事務局


謎の古石塔 (完結編)
          糸崎 大谷 和弘


会よりの便り        事務局



< 行 事 予 定 >


1.レキカン秋の現地研修 … 研修
 内容詳細は10月号に記載してあります。


(1)開催日:平成28年11月03日(祭)
  参加費:500円・弁当持参


(2)集合場所・時刻:
  (a)または(b)のいずれでもOKとします。

(a)三原駅前 9:00
  9:06発のバスを利用します
  (4番乗り場)。

(b)新倉橋のバス停 9:10
  三原駅前発の人を待って合流します。

 
(3)参加申し込み 期限延長:
  10月31日まで延長します。


2.県史協現地研修 … 
 申し込みは締め切っております。


(1)開催日:H28年11月12日 (土)
 開催地: 福山市神辺町

(2)配車要領: 数名の方に自家用車の提供をお願いしております。
  配車については、別途連絡いたします。







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3.三原(旧)一周膝栗毛…詳細は、10月号の別紙案内によります。

 11/13(日) 第四コース
 11/20(日) 第五コース
 11/26(土) 第六コース
 11/27(日) 第七コース
             を回ります。

(昨年は、第一・第二・第三・第七コースでした)




< 歳 時 記 >


三原市制施行80年を迎えて


     須波ハイツ 正田 公佑


 今月15日が昭和11年に市制を施行して80年を迎える記念すべき日であることは全くと云うほど話題にならない。

現在の三原市は平成の大合併により平成17年3月22日旧三原市、豊田郡本郷町、御調郡久井町、加茂郡大和町がひとつになり現三原市が新設され、わずか11年の歴史しか持たない自治体であることは現実であるが、80年前に市となり、歩んできた歴史の重みを大切にしたいと考えるのは私一人ではあるまい。

当時、市制施行の重要な条件に人口3万人があったと承知している。
これに関わる事柄についてふれてみたい。

 昭和6年、国内最大の人絹会社であった帝人(当時の社名帝国人造絹糸株式会社)が、新工場を建設すべく候補地の選定を開始した。

候補となった各地が誘致合戦をした結果、三原町が勝利し、昭和9年10月操業を開始した。

 後年、同社30周年記念誌に、当時の大屋晋三社長が三原工場建設責任者を務めた思い出の記として“岩国から三原まで”なる一文を寄せておられるがそのなかに「竣工祝賀式の席上地元のお歴々を前にして、新工場の従業員5千、家族あわせて2万人、これまでの三原町の人口が帝人のため一躍三倍になったわけで“毛利、小早川以来三百年かかった人口1万の三原町が、わが三原工場着手以来わずか1年で2万人を加えて人口3万を擁することなった。

近代産業の1年は封建時代の三百年に匹敵する”と大見得を切ったことを今も思い出す」とある。
社長の自負が窺われる。

 私の子供のころ、わが町には、人絹、麻糸、三菱、セメント、の4大工場が活発に稼動し、企業城下町としての賑わいが誇りであった。
 今はどうであろう。



  【天主台跡の石垣を
      下端から見上げる】






企業には企業の経営方針があり、他人がとやかく物申す筋合いではないが、何とか昔の賑わいを取り戻したいものである。



< 活 動 報 告 >


9月25日
 桜山月例手入れ日

9月27日
 月報発送作業
(山本、村田、桑田、松竹、森明他)

10月03日
 10月度理事会(秋のハイキング他)

10月06日
 廿五周年誌発送作業
(村田、金森、桑田、大原、越当、森明他)



< 編 集 後 記 >


★「かいぼり隊」の一員として三原城天主台跡の堀清掃ボランティアに参加した。

★電気部品の碍子が大量に見つかって問題になったが、ぬかるん
だ堀底に長靴で入って作業を開始したところ、レンガ、タイルの張り付いたコンクリート片、人の頭程もある石ころ、硯、歯ブラシなどが空き缶やビニール袋以上に目立って廃棄されていて寂しい思いをした。

★一方、当日生憎朝から小雨模様だったので、参加者は少なかろうと思いながら受付に行ったところ、小中学校の生徒もカラフルなカッパを着用して長靴履で大勢並んでいる姿を見て感動した。
翌日の新聞には総勢320名以上と掲載されていた。

★不断水に浸かっている部分の石垣を間近で見ることができた。
水中の石垣の一部が張り出しているように見えた。
 船入り櫓跡だけに限らず三原城の石垣遺跡全体に専門家の診断が必要と強く感じた。  (健)





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