みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成27年7月号

〔三原城天主台跡の石垣と
北面に聳える桜山〕

再来年築城450年を迎える三原城天主台跡の優美な扇勾配と三原城の詰城とも言われている桜山が堀の水面にうつくしく映えている。450年あるいは それ以上昔からのロマンを伝えてくれている生き証人である。

  H27.6.14 撮影  鈴木健次(宮浦)

   < 表 紙 >

表題:三原城天主台跡の
            美しき石垣
写真:三原城天主台跡の
      石垣と北面に聳える桜山

   < 目 次 >

小早川隆景公築城450年に思う
           皆実 桧山 幸三
広島県三原市磨崖和霊石地蔵 (5)
     三原市歴史民俗資料館
             福井 万千
若丸山城の謎 (4)
          糸崎 大谷 和弘
「とくじゅの足袋は8文半」
     とくじゅまる物語 9
         市川市 下西 勝彦
会よりの便り      事務局

  < 行 事 予 定 >

1.勉強会 「小早川隆景公の
         古文書を読む」(4)
(1)日時:H27年7月25日(土)
  14時〜16時 於:サン・シープラザ2F
(2)参加申し込み:新規参加希望者は、事務局鈴木まで、お名前をご連絡ください。

2.市郷連行事予告
(1)日程:H27年10月25日(日)
(2)講演会 「三原城下町東町に
   ついて」 講師 橋本敬一先生
(3)現地研修 橋本敬一先生の
    ご案内で、東町方面を散策

3.秋のバス研修旅行予告
(1)日程:H27年11月03日(祭日)
(2)研修先 吉川氏の史跡

4.三原(旧)一周膝栗毛予告
  11月の四日間で、第一・第二・第三・第七コースを回ります。
(昨年は、第四・第五・第六・第七コースでした)



5.県史協第37回大会
  (会場 広島市安佐北区
      高陽中学校)予告
(1)日程:H27年11月07日(土)
(2)講演会 講師 県立広島大学
         秋山 伸隆先生 他
(3)現地研修 明光寺

    < 歳 時 記 >

小早川隆景公築城450年に思う

          皆実 桧山 幸三

 昭和56年3月三原駅前に天満屋がオープンした時、隆景公没後 一時三原城主の候補に挙がった吉川広家の気持ちを代弁すれば、宇喜多秀家に「一戦もまみえず、三原の本丸を明け渡したなー」と思った。と同時に、隆景公は草葉の陰でこの様子をどんな思いで見ているだろうか、と思ったものだった。
 隆景公は幼い時から聡明で、時々兄たちを小馬鹿にした振る舞いが見られた。それを感じた父元就は,三矢の教えでそれとなく隆景公をたしなめた。賢明な隆景は自分への戒めと感じ取り以後兄たちに敬意を払い出過ぎる事はなかったという。
 初陣で、尼子勢と神辺で戦った時、戦後敵味方分け隔てなく戦死者を懇ろに弔った。その時から仁将の誉れが高くなった、と聞く。
 又、あの有名な「中国大返し」の時、兄たちは「秀吉に謀られた、すぐ追撃しよう」と主張したが、隆景公は「もう、和睦した事。後になってダマされたと違背しては仁義にもとる」と反対した。その後の事は皆さんご存知の通りです。
 また、四国征伐、九州征伐の働きにより、四国や九州の領主となり厖大な領地を治める事になったが、領民の反抗らしい反抗もなく善政を行った。これは当時としては稀有なことで、宣教師ルイス・フロイスもその見事な善政ぶりを本国へ書き送っている。
 これは「史記」の貨殖列伝にある「もっとも良い政治家は人民の望みに従う。次に良い政治家は人民を利益によって誘導し、これに次ぐ政治家は人民を教え諭し、これに次ぐ政治家は人民を統制し、最も劣る政治家は人民と争う」を目にして実践していたものと思われる。

 また、隆景公は「部下に指示したとき『はい、わかりました』とすぐ答える者は、あまりあてにならない。しばらくして『先程の話はこうこうこういう事ですか』と確かめに来る人間が当てにできる」と述懐している。
 また、物事を決断する時、人倫に従って行っていれば たとえ思惑が違ってきても大きな間違いにはならない、とおっしゃっている。 こんないろいろなエピソードや足跡を辿って、人づくり・地域づくりのエキスをこれからの人間に提供し、成長の糧になれば、草場の陰の隆景公も喜ばれるのではなかろうかとおもいます。 

   < 活 動 報 告 >

5月27日 月報発送作業
 (村田、瀬畑、金森、桑田、大原、 越当、松竹、正田哲他)

5月28日 県史協 代表者会議
 (上田、鈴木)

5月30日 「小早川隆景公の
  古文書を読む」(2) …20名参加

5月31日 NPO法人
      うきしろ桜山会 総会
 (正田佑、鈴木、大原、正田哲)

6月06日 瀬戸内三原
  築城450年事業推進協議会
 部会設置準備説明会 (鈴木)

   < 編 集 後 記 >

★「瀬戸内三原 築城450年事業」の先鞭として、シリーズ行事「小早川隆景ものがたり講演会」が始まった。初回は隆景公の生涯について、本田博之教授(広大)が古文書に基づいて解説された。
★天文22(1553)年三原要害へ八幡原六郎右衛門を在番申付(萩藩閥閲録)、永禄10(1567)年2月三原城築城(小早川家文書)、文禄4(1595)年豊臣家五大老の連署の筆頭に隆景公の名前(浅野家文書)、同年豊臣秀吉検知知行朱印状宛名は「羽柴三原中納言とのへ」で、隠居料として北九州五万百五拾石を与えると記載(小早川家文書)他、沢山の古文書紹介があった。本事業活動推進上大変貴重で有意義な講演であった。(健)

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