三原郷土史木曜会
                             

三原郷土史木曜会11月現地学習「福山市明王院、福山駅北周辺寺社見学」

今回の現地学習は福山市明王院の国宝見学、また福山駅北周辺の福山八幡宮、福山藩二代藩主水野勝俊公菩提寺・墓所である長久山妙政寺(みょうしょうじ)その他を訪問しました。(担当 正兼鐵夫)
天気は秋晴れの快晴でありましたが、風が少しある冬型の天候で少し寒むくもありました。参加者は先生を含み13名。
1、中道山明王院 
明王院は草戸・川西歴史街道ボランティアガイド 友の会会長 三谷干城さんに案内・説明してもらいました。
―餘 文重文)…書院については簡単に報告します。
庭園には「石造残欠」「七重の塔」(いずれも市重文)が、庭園の樹木の間に塔をのぞかせていました。
護摩堂(福山市重文)書院から廊下でつながっており、護摩堂も特別に回廊づたいに見学。
護摩堂は書院の東側に庭園を挟んで3m前後高い位置に存在する。寛永16年(1639)建立、元禄7年再修とあります。東面する宝形造、本瓦葺で法3間(5.90m)極めて美しい建物で書院廊下から木製の階段を上がり内部を眺めながら一周しました。
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創建は鎌倉末期の元応3年(1321)で、創立後度々修理を受けているが昭和37年から39年の解体修理によって創建時期などが明確になっている。桁行・梁間とも5間(11.805m)
堂内は外陣・脇陣・内陣と区画され、内陣内に秘仏の十一面観音立像が収められている。秘仏の開帳は33年に一度で、前回は平成3年に開帳されています。本堂は、尾道浄土寺の本堂によく似ているがこれは浄土寺の本堂が焼失し明王院本堂を模倣、逆に明王院の本堂が焼失、浄土寺を模倣しているためである。浄土寺本堂とともに内海地域で最も古い折衷様建築になる仏堂であるそうです。
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室町時代前期の貞和4年(1348)に建立。本瓦葺、総高29.142m、方3間、丹塗り塔で標準的な規模の五重塔で国指定文化財になっている塔の内5番目の古さを誇っており。純粋な和様建築で、室町時代前期の進んだ建築技術を反映し、上重の逓減が小さく重厚な姿となっているそうです。
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本瓦葺き、切妻造、四脚門。慶長19年(1614)再建された室町時代の様式を残す雄大な門であります。
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字数調整のため記事は割愛いたします。
(写真 署員から五重塔を眺める)

 
   

6.長久山妙正寺
日蓮宗 福山市北吉津町1−6−7
福山藩主二代水野勝俊公の菩提寺。本堂は屋根工事中で、見学できませんでしたが、本堂の前には宮本武蔵に関係する石灯篭4基、境内の東奥には水野勝俊公の位牌堂があります。
また150m位離れた墓所には「福山市史跡 水野勝俊墓域」があり、水野勝俊の立派な五輪塔と、その前には勝俊の死に殉じた7人の殉死者の五輪塔がありました。
妙政寺を最後に帰途につき予定より少し早く16時30頃中央公民館に帰りました。
(写真 水野勝俊公五輪塔)
4.福山八幡宮
福山市北吉津町1丁目に位置する備後福山総鎮守の八幡宮。祭神 応神天皇・比売大神・神功皇后。
社殿は東西に全く同じ規模のものが並立しています。祭神も全く同じ三神が祀られているようで、全国的にも珍しい神社とありました。きらびやかな立派な大きな建物でした。
社殿の周りを一周し、初代福山藩主水野勝成公を祭る聰神社も境内にあり、拝礼しました。和霊神社など他にも多くの境内社が祀ってありました。
5.福山城旧上水道取水口
元和6年(1620)福山城築城時城主水野勝成公は上水道の整備に力を入れ、芦田川から福山城北西の蓮池「どんどん池」に取水口を設けて取水し、この取水口(樋門)の跡が残されています。この取水口を見学しました。
(写真 福山八幡宮)
2.草戸稲荷神社
草戸神社の祭神は宇迦之魂神・大己貴神・保食神。ここでは御本殿の最上階に上がり、御本殿を礼拝しました。また、ここから草戸千軒遺跡を撮影しました。
3.草戸千軒遺跡
明王院の前方に位置する芦田川に架かる法音寺橋を渡り川下の河川敷で、先生の説明を受けました。
先生から「草戸千軒遺跡は、中世芦田川河口近い海岸の砂丘上に形成されていた集落遺跡で、昭和3年(1928)芦田川工事中に埋蔵された遺物・遺構がみつかり、遺跡の存在が知られた。同36年から調査が続けられ、同48年から現地に草戸千軒調査研究所を設け調査された。沢山の庶民の生活に直結する遺物が発掘され、これらは広島県立歴史博物館に納められています」。
(写真 草戸稲荷から草戸千軒跡を眺める)

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