みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成26年6月号

   
     網本先生の講演

   「三原の古墳時代をさぐる」



     H26.5.17 三原市市民福祉会館


詳細な解説の入ったテキストブックが用意された上で、ホワイトボードに大書した専門語を、歯切れのよい口調で明快かつ判りやすく解説されたので、内容がよく理解できた、と大好評の講演会であった。

表紙・表題:26年度定期総会終了
写   真:網本善光先生の講演
  「三原の古墳時代をさぐる」

三原の土人形のこと
       須波ハイツ 田邊達雄
定期総会の報告     事務局
楢崎氏と三原(完結編)
        糸崎 大谷和弘
安芸草井氏の出自と系譜(4)
       大和町 和氣泰臣
八階見晴史病床狂語(1)備後浮城
会よりの便り      事務局

  < 行 事 予 定 >
1.秋のバス研修旅行予告
  詳細は追って連絡します。
 (1) 日程 H26年11月03日(祭日)
 (2) 三次方面

2.三原(旧)一周膝栗毛予告
 11月の四日間で,第四・第五・第
 六・第七コースを回ります。  (昨年は、第一・第二・第三・第七         コースでした)

3.市郷連現地研修予告
 沼田文化研究会により、本郷の
 古墳を中心にした研修会(11月
 初旬)が検討されています。

4.県史郷現地研修会予告
(1) 日程 H26年10月25日(土)
(2) 会場 広島市安芸区民センター

   < 歳 時 記 >
   三原の土人形のこと
     須波ハイツ 田邊達雄
 三原市歴史民俗資料館によると、三原人形は天神や武者物、女物、童子物、七福神、動物など40種類余りある。初節句を迎える子供に贈る習わしがあったとされる。
 三原土人形の特色を、向田裕始氏は人形に底がなく、底面に和紙(反故紙など)を貼っていたこと、脆く焼きあがっているために破損率が高かったことなどを挙げている。現存する人形の数が少ない一因であろう。
 広島県内では三次、上下、田原(庄原市)、常石などと共に三原でも土人形が作られた。三次土人形は寛永の頃(1624~43)三次藩主の浅野長治が家臣に子供が生まれると誕生祝いとして贈ったのが始まりで、その後石見の瓦職人の大崎忠右衛門が嘉永7(1854)年に三次土人形を作り始めた。(「日本の土人形」)この影響は三原の人形にもみられる。
 因みに上引地一也氏は「幸崎町・久和喜でも、三月の節句に土人形を飾り」、「それには天神様が多く飾られていて、この土人形は三次から売りに」(「三原の散歩道」)来ていたと述べ、保田素一郎氏は「人形の起源は百余年前、桜井兵助(俗に鴨平)と云う人が始めた」(「広島県郷土玩具」)とする。また、向田裕始氏は人形によっては三次人形や常石土人形などと似たものもあると述べ、その後の三原人形の製作業者として「明治時代から大正時代末期頃、三原市本町の宗光寺小路や西町四丁目周辺」の大原、小松、樫田、成川、西町の森、倉本の六軒を挙げている。
 さらに、三原市歴史民俗資料館の「資料館マメ知識『三原人形』とは?」に「七宝や本市でも土人形を作るところがあり、作った人形は稲藁を敷いた竹籠の中に入れて担いで周辺の村々へ 売りに出していた」とあり、当時の様子を知ることができる。これらの人形は祭礼や節句飾りが主で、土産物、一般愛玩用としても作られたが大正末年には廃業になったという。
 これは久保等さんが本誌第143輯で「かつては三原人形師たち等によって三原産のだるまがつくられていた」が「昭和の初期、三原に工場が進出するようになって、働き手は工場に吸収され、家内手工業によって支えられていた三原人形・三原だるまも何時しか消え去った」という記述とも符合する。わずか百年位前のことが既に風化していく現実に時流の激しさを感じる。

 <行 事 報 告 >
4月25日 月報発送作業(瀬畑、金森、桑田、松竹、森明、長田他)
5月06日 5月度理事会
  (総会、秋のバス旅行ほか)
5月17日 定期総会と記念講演会
   (於 三原市民福祉会館) 「三原の古墳時代をさぐる」
講師:日本考古学協会網本善光先生   参加者 75名
5月18日市郷連総会(中央公民館)
 今年度の現地研修担当団体は、
 沼田文化研究会(本郷)
5月19日 月報発送準備作業(村田,瀬畑,金森,桑田,大原,松竹他)

< 編 集 後 記 >
★5月は、レキカンの総会に始まり市郷連総会、県史協役員会と続き、それぞれ今年度の活動方針がほぼ決定した。レキカンとは一味違った特徴のある行事が予想される★市郷連の各団体活動報告会では、会員同士の研究報告会が盛んに行われており、参加者も多いことが判った。レキカンは、春と秋の現地研修会への参加者は多いが、勉強会への参加者は毎回ほぼ固定しており、多いとはいえなかった。今年度は新しい講師の出現と、新しい聴講者の積極的な参加を期待したい。(健)

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