三原郷土史木曜会
                             

三原郷土史木曜会 帝釈峡方面現地学習

日時 9月12日8:00〜17:40
(参加人員 三原郷土史木曜会11名、月曜会井香里会8名+先生 合計20名)
今月の現地学習は三原郷土史木曜会、月曜会、井香里会共同バス研修旅行

1.南山古墳(県史跡)
8時25分隆景広場を出発して南山古墳に10時15分に到着しました。古墳は府中市上下町字水永の県道福山上下線からよく見える場所にあって、県道側に開口しています。
古墳形状は帆立貝式前方後円墳で、後円部の直径約16m、全長約24m。後円部に横穴式石室があるが石棺はない。石棺置き台石があることから木製の棺があったのだろうと先生が説明されました。片袖式の石室内を見学してみんなで墳頂に登り後円部東南にあるという前方部を探しましたが形状は確認できませんでした。
写真 南山古墳前景

 
   

4.時悠館見学
「帝釈峡まほろばの里」と題する庄原市帝釈峡博物展示施設で、帝釈峡右岸の小高い山の斜面を利用して建てられた建築作品としても評価のあるユニークな総合博物館と紹介してあります。ここでは専属学芸員さんの案内で展示物全てを鑑賞して廻りました。
洞穴をイメージした入り口のトンネルから奥へ進んで行くと長い回廊がありそこに帝釈遺跡群の出土遺物を中心に東城町の歴史、自然、民俗資料を展示紹介してあります。石灰台地固有の植物や昆虫の写真パネル地元に生息する鳥獣類の剥製もあります。寄倉岩陰遺跡の説明も有り、帝釈峡名物「雄橋」も写真で説明していただきました。
時遊館の見学を13時過ぎから約1時間見学して、最後の見学地帝釈峡永明寺につながる「賽の河原」で幼くして逝った愛児の成仏を願う石積を拝して帰三に向かいました。
写真 時悠館「自然の窓」展示室
3.帝釈寄倉岩陰遺跡(国史跡)
遺跡には13時過ぎに到着しました。この遺跡は昭和38年(1963)から昭和41年(1966)にかけて4回にわたり発掘調査された所で、楪先生も昭和38年に発掘調査に参加されたそうです。先生にとっては懐かしいところで遺跡に降りられ、尺棒を持って遺跡の説明をされました。本格的調査の中で、縄文早期から縄文晩期にかけての多量の遺物が出土し、一遺跡で縄文時代全般の推移を明らかにすることができる、他に例のない重要な遺跡として知られるようになったそうです。先生もたくさんの遺体を発掘されて夜中に夢をみてうなされることもたあったそうです。
庄原市教育委員会の説明板によれば、遺跡の規模は岩陰に沿って全長30m、幅15m以上に及ぶとされています。また層も13層に分けて時代が表示されてありました。
写真 遺跡の説明をされる楪先生
2.辰の口古墳(県史跡)
古墳は神石高原町にあって墳長は77mで備後地方最大の前方後円墳である。埋葬施設は、後円頂部に竪穴式石室があり、石室は約2000枚の厚さ5cm程度の板石を積み上げて造られているそうです。石室の寸法は内法6.7m、幅0.8m、高さ1.1m。築造時期は古墳時代前期後半とされています。
この古墳は発見された当初から北側の小口が開口しており、石室の外にかき出された土砂の中から碧玉製管玉が出土しており、また特殊器台状の円筒埴輪も発見されているそうです。
石室は天井石を除いてガラス板覆い屋根が設けてあり内部がよく観察されました。石室は上記のように幅が狭く全長が長いので何人葬られたのか、疑問を呈しましたがやはりかの地方首長一人のものと想像しました。
写真 辰の口古墳後円部

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