三原郷土史木曜会
                             

平成25年四月度現地学習瀧宮神社参詣         三原戸田家一族の墓所見学

三原郷土史木曜会平成25年度の開講は4月11日(木)場所を「瀧宮神社」を借りて開講式を行いました。併せて神社で健康・安全・木曜会員の益々の発展を祈念してお祓いを受け、宮司から神社の由緒などの講話を拝聴しました。
その後、桜山麓の中之町大目木峠、元正法寺跡の「三原戸田家墓所」を見学しました。

瀧宮神社由緒
祭神 須佐之鳴命、櫛稲田比売命、大穴牟遅命、他五柱
創始 欽明天皇五年(544)
文武天皇大宝元年(401)出雲国須佐神社の分社として、三原桜山の中腹に祀られた。更に100年後、桓武天皇延暦22年(803)の大洪水により現在の神供の地に祀られた。

3.末社「小島稲荷」
小島社 三原城は黒川小島を造成して築城したので黒川小島城とも称されているが、此の地にあった小社を瀧宮境内に転祀した関連から小島社とした。
2.末社「進学天神社」
 菅原道真を祭神とする太宰府天満宮の分社にして、別に筆天神、また天神さんと称される入学の神様。菅原道真公を文神として祀る現在の「進学天神社」であり、入学期の頃には進学希望者の心の支えとされている。太宰府天満宮の前宮司から贈称の石碑を受けたことに由来している。
1.宮司の講話
現代の宮司は第60代「竹田正宜」氏で、瀧宮神社の由緒から出雲の宇佐神社、神域の今昔、祭典、末社など広範囲にわたる講話で「竹田歴」の軸を手に先代「竹田丹」宮司の歴史崇拝と実行力などを話された。
6.戸田家墓碑(中之町大目木峠、元正法寺跡)
三原城は関ヶ原の合戦後、福島正則が広島城に移封され、その支城となった。福島正則の信州改易に伴い、浅野長晟(和歌山城主)が広島城転封、筆頭家老浅野忠吉が三原城城主となる。戸田六左衛門は忠吉の家老として三原に移り三原で没しました。
戸田家の墓地には、総領家26基、親戚関係約60基、早川家15基、その他不明とも20余基の合計120基が眠っているという。
この中には大石内蔵助の息子大三郎の娘、即ち内蔵助の孫娘の墓がある。
ここでは、戸田家初代戸田六左衛門尉勝直や二代戸田佐次右衛門勝吉の五輪塔。八代戸田茂右衛門尉直倫の妻(大石良雄の孫)の笠付墓碑などの説明を聞きました。
5.開講式
平成25年度三原郷土史木曜会の陣容は新入会員2名(退会者3名)を迎え会員数14名。
式では新入会員紹介と、先生から「今年1年間健康に留意し。郷土史や民俗を勉強していきましょう」とお達しがありました。
4.末社「龍魂社」
大正七年正月瀧宮境内に大蛇現る。時の人これを捕獲して60年の還暦の年、関東の人小沢時子女子霊感を得て西下途中三原に留まり更に霊感を得て龍神を瀧宮に探し当てて龍塊社を建てこれを鎮めた社。なお、神社にはこの大蛇の皮の標本がありました。

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