みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成24年7月号 

    《 総会記念 講演会 》

 
「 山名騒動 」〜 600年前の大目木 〜


講師 福岡相談役は、浄瑠璃本の変体仮名読解時の苦労話から著書「みはら物語」に記述の山名騒動の内容紹介、更には桜山背後の大目木峠東西にある石垣にも話が発展した。

 [七月 文月(ふみづき)]   


《 目 次 》 
・大河ドラマ「平清盛」を見て想うこと
       須波西 坂井吉徳
・レキカン総会報告    事務局
・羽倉城主
 末近四郎三郎信賀公430年祭
      須波ハイツ 正田公佑
・顧問大藤直也氏死去  事務局
・「韓國郷土史研究全國聯合會」
 李治白會長との歓談
        東町 大本静人
・山陽新幹線三原駅誘致秘話 (5)
       須波西 西原達夫
・会よりの便り     事務局

  《 行 事 報 告 》
5月25日 月報発送作業
(柏原,吉原,村田,瀬畑,金森,桑 田,越当他)
5月26日 市郷連総会(於中央公民 館 レキカンより12名参加)
6月04日 6月度理事会
 (総会、研修旅行等)
6月09日 定期総会と記念講演会
6月16日 県史協代表者会議
 (於東広島市生涯学習センター
  上田、福岡、鈴木)
6月19日 月報発送準備作業(柏  原,瀬畑,田上,金森,渾川他)
6月19日 写真展掲示作業(上記 メンバに加えて桑田,野上他)

 
大河ドラマ
「平 清盛」を見て想うこと
       須波西 坂井吉徳
 元暦元年(1184)2月、源範頼・源義経の一隊は、一ノ谷の合戦で平家軍を破った。平家軍は、四国屋島に逃れたが、文治元年(1185)2月、義経の攻撃により敗れ、平家軍は壇ノ浦に逃亡し再起を図ったが、3月義経軍に敗れ平家一門は崩壊した。
 屋島から、平家が逃亡した時、平通盛の一隊は、沼隈の地に堕ちて行き、葉田重五郎国重一隊28人は、須波の裏山に落人となって行った。そこで、葉田氏の名前から畑地域の地名が生まれた。
筆者は、平家の落人について古老に話を聞いたが、平家一族を証明するものがないし、伝承・習慣・器具・祭りも、近代になって住む人が少なくなり、殆ど無くなってしまった。しかし、古老は、土肥実平―小早川遠平―景平―茂平―雅平と5代40数年間、隠れた生活がどんなものか想像できるでしょう。遠四郎正時が、高山城主雅平に願い出て許しを得て、やっと、普通の生活になったが、それまでは毎日、一本松に見張りを置き、下から人が来ると、鳥の鳴き声で合図し、全員が隠れた生活をしていたと話された。
平家一門の華やかな生活の中では、語られることさえ無くなった裏の部分を、三原市の人々は、特に知るべきであろう。
「温故知新」という諺があるが、古いものはすべて忘れ去ることではなく、それを生かした生活をしたいものです。
宮島を中心に、ドラマを利用して観光に力を尽くしているが、畑地域の歴史をもっと知ってもらう方法はないのだろうか。考えてみる事も大切ではなかろうか…
  《 行 事 予 定 》
1.レキカン 写真展 開始!!「平氏にまつわる三原の再発見」
期間 6月19日(火)〜8月06日(月)
会場 サンシープラザ4F展示場
展示品 平家落人伝説の葉田(畑)  地域や後山の遺跡をはじめ、  先祖が平氏である小早川氏の  遺跡等の写真
2.歴史勉強会 「平安末期の
  沼田氏とその時代」第一回
講師 大本静人氏(東町)
日時 7月28日(土)10:00〜12:00会場 サン・シープラザ2F
   まちづくりの部屋
参加費無料
申し込みは、事務局まで
3.レキカン秋のバス研修旅行   予告「赤穂城跡と周辺巡り」
(1) 日程 H24.11.03(祭)
(2) 詳細スケジュールや参加費
  等は、検討中

  《 編 集 後 記 》
★レキカンは、昨年3月に創立 20周年を迎え、5月の総会に併せて記念式典、記念講演会が実施された★記念行事最後の行事として、「記念誌」を5月31日に発行し、全会員と関係先に配布した★創立以来20年間の歩みが全て網羅されており、索引により既刊の「わが町三原」に掲載された記事が容易に検索できる★1月から始まった「山城郭勉強会」は、夏場に向かうため、6月で一段落し、7月からは平安末期の沼田氏について学ぶ。涼しい室内で、落ち着いた講義が予想される。大勢の受講者を期待したい。(健)

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