みはら歴史と観光の会
                               

会報「わが町三原」平成24年4月号 

〔清盛マリンビューと 案内チラシや幟 〕

 列車と額は、三原駅に展示されたにチラシに掲載されており、また幟は、三原駅改札口に立てられた。

平成24年3月17日(土)13:25
三原駅発呉線経由宮島口行きが、下りの初号列車となった。

6月30日(土)まで土日祭日運行。

アゼリアガイドが、忠海〜三原間を車内で観光案内する。

    < 目 次 >

★表 紙
  表題:清盛マリンビュー発車
  写真:案内チラシと幟
★平清盛が厳島神社へもたらした    もの    東町 大本静人
★山陽新幹線三原駅誘致秘話 (2)
         須波西 西原達夫
★八幡藪事件の謎 (完結編)
          糸崎 大谷和弘
★古浜の今昔(5)
         中之町 山根光博

< 行 事 予 定 >

1.春のハイキング
  中世山城の探訪」参加者募集

(1)日程:H24年4月8日(日)
(2)コース:
  三原駅バス停7:40発→福泉寺   (真良)→真良山城→稲村山城跡(小坂)→駅16:50頃

(注)定期バス利用につき、途中   停留所での乗降は可とします。

(3)参加費:300円(バス代含まず)
(4)持参品:昼食弁当、飲物、杖      バス運賃等
(5)申し込み:
  レキカン事務局宛はがき、又   はファックスにて、氏名、住所、電話番号を明記の上申し込み願います。
(6)締め切り:4月03日(火)

2.中之町 正法寺跡近辺の
  草刈りボランティア募集!!
 4月28日(土)9時〜11時

 三原城の城代家老戸田家の墓群の残る正法寺跡近辺を草刈り整備します。協力できる方は事務局鈴木(080-6335-9932)まで。

 < 行 事 報 告 >

2月20日 桜山西館跡と
      大目木峠近辺の整備
2月27日 月報発送作業
2月28日 第二回 山城郭勉強会
       桜山城跡の現地学習
       11人参加
3月05日 3月度理事会
      (春と秋の研修旅行他)
3月19日 月報発送準備作業



 
 
   < 歳 時 記 >

平清盛が厳島神社へもたらしたもの      東町 大本 静人

 今年のNHK大河ドラマは「平清盛」が放映されている。平清盛は厳島を通して広島県と深い関わりがあり、身近で何かと話題になることが多い。そこで、ここでは清盛が厳島神社にもたらしたものを略述する。
 清盛が厳島神社にもたらしたものの第一は神社社殿であろう。清盛が太政大臣となった翌年の1168年、清盛の安芸守任官(1146年)以来深い関係を築いていた厳島神主佐伯景弘は、清盛の威光を背景に厳島社殿の拡張を朝廷に申請している。これによって元々地方の一宮にすぎなかった厳島神社は、一気に全国的な神社となった。現在の社殿は鎌倉期以降幾度か再建された建造物であり、清盛時代のものではないが、平成8年の世界文化遺産登録では、清盛が持ち込んだ建築様式「寝殿造り」が評価されている。
 第二は平家一門が一人一巻を担当して妙法蓮華経を写経して奉納した三十三巻に及ぶ平家納経である。それは当時の芸術の粋を集め総合化したもので装飾経と称されている。
 第三には神前の高舞台において演じられる舞楽である。平安の舞は当社以外では宮中の雅楽部・春日大社等限られたところでしか残っていない。
 第四は平安貴族の舟遊びを導入した管弦祭である。社殿前面の海面を寝殿の池に見立て、陸地の外宮と島の内宮を往復する神事は、現在まで続いている。
 第五として厳島社領があげられる。厳島社領は、安芸国の開発領主が、佐伯景弘を通して平氏に寄進して成立した荘園である。そこでは、開発者・厳島神主家・平氏の三者が、中世社会の特徴である「職の体系」によって、重層的な権利関係を構成していた。
 このように清盛は厳島へ様々なものをもたらしたが、その受入窓口となった厳島神主家はその後どうなったか。佐伯景広は平氏滅亡後も1187年まで、寶剣求使として中央貴族の日記に現れるが、それ以降史料上から消滅する。そして、1221年以降になると、佐伯姓神主家に替わり藤原姓神主家が登場してくる。無常観に彩られた「平家物語」の世界をここにも垣間見ることができる。


  < 編 集 後 記 >
★今年の春は雨が多く、寒暖も日替わりで、落ち着かないが、それでも桜前線は着実に北上しているという ★桜前線に乗るかのように、呉線の「清盛マリンビュー」がスタートした。NHK大河ドラマの宣伝効果は絶大であるから、この流れにうまく乗りたいものである ★清盛伝説の残る須波青木観音、清盛・宗盛・重盛の霊を祀るという畑の山の正時神社、壇ノ浦の合戦後、糸崎から山越しでこの地面に逃れた平家の落人によって拓かれた後山には、平家八幡神社や墓石群が残っている ★三原は、こうした平家ゆかりの地でもあることを、今一度思い起こし、広く世に知らしめるよい機会である。 (健)

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